カテゴリ:時事世相( 34 )
宇多田ヒカルも嘆くクマの射殺
人里にクマが現れ、人間が襲われるというニュースが相次いで報じられている。兵庫県、岡山県、鳥取県などはツキノワグマ狩猟が禁止となっている。しかし他の都道府県では、子グマの場合は麻酔銃を使って捕獲され、山に戻されるケースもあるようだが、おおむね射殺されてしまうようだ。環境省の統計資料「H22年度におけるクマ類の捕獲数(許可捕獲数)について」(PDFファイル)によると、今年度(9月末暫定値)の捕獲数は、ツキノワグマが1961頭、ヒグマが405頭となっている。このうち殺されたのが、前者は1718頭、後者は402頭である。前年度の捕殺数が前者969頭、後者601頭で、ツキノワグマに関しては、先月末の段階ですでに前年度を大きく上回っている。日本でクマは動物愛護管理法の特定動物、つまり人間に危害を加える恐れがある動物として、政令で定められる動物種とされている。 絶滅が危惧されているが、人里に戻ってくる個体に関しては殺処分をせざるを得ないようだ。ただ私もそうだが、テレビで殺されたクマを見るたびに、生かしたまま山に戻す方法はないものかと多くの人が感じたようだ。
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シンガー&ソングライターの宇多田ヒカルさんもきっとそのひとりで、今月19日、ツイッターに「里に降りてきたクマを、麻酔銃を使って捕獲して森へ返すには、お金がかかるんだってね。予算も足りないと。だから、安上がりで早い、射殺になってしまう。クマを森へ返すための予算を管理してる機関があるなら寄付したいな。ちょっくら調べるぞ!」と書いた。さらに「実は日本熊森協会は前から気になってて、最近HPをチェックしてる→ http://kumamori.org」とツイートした。ファンが多い著名な音楽家の発言だったため、大きな波紋を起こしたようだ。同協会は「クマの保全活動」を中心にした野生動物保護団体だが、その実践活動を批判する人が少なからずいるからだ。餌不足のクマのためにドングリを全国から集め、山林に撒く活動をしているが、研究者から「生態系を乱す」「自然に干渉しすぎ」との批判も寄せらてるそうである。私は動物行動学とは縁が薄いが、山林でエサを与えられたクマが、お腹がいっぱいになったからといって、すんなりそこに留まるとは素人ながら信じがたい。山里に降りれば美味しい食べ物がたくさんあるからだ。最近、一冊の書籍を手にした。

b0148967_911032.jpg動物たちの反乱 (PHPサイエンス・ワールド新書)
河合雅雄・林良博(編著)
# 新書: 332ページ
# 出版社: PHP研究所 (2009/10/21)
# ISBN-10: 4569708307
# ISBN-13: 978-4569708300
# 発売日: 2009/10/21

野生動物が棲み辛くなった一因は、大がかりな森林伐採だと私は思っていた。ところが河合雅雄氏は「森林の大面積皆伐は、野生動物の生息地の破壊と考えがちだが、事実はそれとは全く逆に、動物たちの採食場の開拓の役目を果たすことになったの」という。雨量の多い日本では、伐採地にすぐ草が生え、キイチゴなどの実をつける低木、コナラやクリなどの幼樹がすぐに茂るからだそうだ。ナルホドと感心する。それでは何故野生動物が人里に現れるようになったのだろうか。それは林業の不振による里山の崩壊が原因だという。住処を追い出された動物たちは、人間が獲りいれないカキの実などを食べに里山に降りてくるようになってしまった。人里には山のものとは比べものにもならない美味しい食べ物が豊富にあるからだという。さらに共同執筆者の横山真弓氏によると、クマを誘引するカキの実を早く収穫する、あるいは木を切ってしまえばよいのだが、簡単ではない。カキの実を採りたくても採れない、木を切りたくても切れないほど高齢化した人手不足が深刻だというのだ。氏は兵庫県のツキノワグマ保護管理計画に携わった研究者だが、学習放獣を積極的に進め、かなりの成果を得たという。検証のための行動追跡や、捕殺された場合の解剖調査など、科学的なデータを蓄積でき、おおよその個体数の増加傾向も把握することが可能となった。学習放獣は労力がかかるが、クマの絶滅リスクを確実に下げるるひとつの手法であることが裏打ちされてきたそうだ。クマは生態系の頂点に立つ動物であり、日本の生物多様性を示す象徴的な動物だが、人間との共存となると膨大な労力を覚悟しなければならないそうだ。

b0148967_1638581.jpg世界里山紀行 フィンランド 森・妖精との対話
# 形式: Color, Widescreen
# リージョンコード: リージョン2
# 画面サイズ: 2.35:1
# 販売元: NHKエンタープライズ
# DVD発売日: 2007/11/22
# 時間: 49 分
# ASIN: B000VJ2DMS

これはNHKが2007年に放映した紀行番組「フィンランド」編のDVD。人々のスピリチュアルな森の暮らしが描かれた秀作だが、とりわけ印象深いのはクマを狩る下り。狩ったあと、猟師はクマの頭骨を松の木の上に掲げ、天に還す。そして「私も生命のサイクルの中にいるんだ」と語る。そしてバックに「熊歌」が流れたが、これは何故かアイヌの風習に通ずるとフト思った。(2010年11月7日追記)

私はおまえの命をもらった お前を食べる
申し訳ない 仕方がないのだ
耳を食べる おまえのような鋭い聴覚を得たい
鼻を食べる おまえのような強い嗅覚を得たい
目を食べる おまえのような深遠な視覚を得たい
肉を食べる おまえの生命の力を得たい
私とおまえの魂は深い絆で結ばれてた 私たちは夫婦なのだ
お前の頭骨を松の女王の枝に抱かせよう
魂よ 金の道を通って 天へと帰って行っておくれ


参考: 野生グマに対する餌付け行為としてのドングリ散布の是非について
参考: H22年度におけるクマ類の捕獲数(許可捕獲数)について [速報値]
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by twin_lens | 2010-10-25 10:25 | 時事世相
京都市が水族館計画許可
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きょうと市民しんぶん(2010年6月1日号)  loupe 拡大表示

先に京都市下京区の梅小路公園に建設予定の水族館について触れたが、その後の経過報告を書くのを忘れていた。いささか旧聞に属してしまった感があるが、市民団体などによる反対運動にも関わらず、オリックス不動産(株)が申請していた設置計画を5月24日に京都市が許可した。京都市が発行する6月1日付の「きょうと市民しんぶん」を見ると、都市公園法により設置を許可、水族館が誕生しますと明記している。今後住民と共に地域活性化について具体策を検討とあるが、計画を白紙に戻す考えは毛頭ないようだ。イルカショーを最大の目玉にすると聞いているが、同紙では「海獣やペンギンの飼育」とあるだけで、具体的記述はない。私個人としては「環境学習などに寄与」という部分が大いに引っ掛かる。いずれにしても、これまでは地元紙がごく断片的に報じたものの、メディアにほとんど露出せず、初めて知った市民も多いかもしれない。新聞をコピーしたので、京都市民以外の方々にもぜひ読んでいただきたい。

b0148967_16584754.jpg市バスに貼られたポスター  loupe 拡大表示

追記:所用で京都市バスに乗ったところ、車内に京都市のポスターが貼られていた。きょうと市民しんぶんと同様、建設計画は既成事実として報じています。私自身は計画には賛同できないものの、個人的には反対運動をできなかった。数は力なりという言葉があるが、だからといって反対グループ参入に躊躇したといういきさつがある。最大の理由は、特定の政党と市民グループに寄り添った感があったからだ。志が異なる政党と同一行動を取れないのは当然であって、自分の政治思想を曲げたくなかったからだ。某動物愛護団体がイルカショーを「生物多様性条約」に違反しているという見当違いの観点で運動に加わったのも、私にとっては負の要素だった。残念である。(6月8日)
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by twin_lens | 2010-06-06 18:29 | 時事世相
日本の捕鯨問題を考える
国際捕鯨委員会(IWC)は南極海の調査捕鯨を2段階で大幅削減する、新議長案を発表したという。すなわち日本が行っている調査捕鯨やノルウェーとアイスランドの商業捕鯨をIWCが一括して管理下に置き、海域やクジラの種別ごとに今後10年間の捕獲数の上限を定める。さらに日本が求めていた沿岸小型捕鯨については、年間120頭を上限として再開を認める内容のようである。南極海における調査捕鯨捕獲数削減だが、すでにリンク切れしているものの、読売新聞3月9日付電子版に、赤松農林水産大臣が9日の閣議後の記者会見で、日本が実施している調査捕鯨について「800頭もいらない。調査はそれ以下でも整う」と述べたという記事が掲載された。生態系の解明のために必要として、毎年800頭以上の捕獲計画を策定してきた政府の方針を見直す考えを示したものだ。
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A right whale at Kyuquot Whaling Station, Canada, 1918

これは上記IWC議長提案に沿い、今後の交渉を進めるのが狙いとみられる。赤松大臣は6月にモロッコで開かれるIWC年次総会で、日本の沿岸商業捕鯨再開の合意をめざす方針だという。しかし実質的には商業捕鯨再開モラトリアム解除とも解釈でき、欧米などの反捕鯨国からの反発は必至だろう。すでに海外のネットを覗いてみると、反対意見が大勢を占めている。例外としては、これまで強硬な反捕鯨論を展開してきたニュージーランドが、譲歩した意見を公表していることだろう。案が通れば、少なくとも後者に関しては歓迎すべきであろう。日本近海では、IWC管理外のイルカなどの小型鯨漁が行われているが、商業捕鯨は禁止されている。
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葛飾北斎 「五島鯨突」五島列島有川湾の綱取り式捕鯨(1830年ごろ) loupe 拡大表示

日本の調査捕鯨に関しては、いくつかの書籍を読んでみた。例えばIWC日本政府代表として反捕鯨国と長年舌戦を交わしてきた森下丈二著『なぜクジラは座礁するのか?―「反捕鯨」の悲劇』には、調査捕鯨の必要性を強調しながらも、なぜ800頭なのかという著者お得意の科学的説明がない。とすれば、そこにある種の欺瞞性を感ずるし、赤松大臣の発言がそれを裏付けてしまった感は拭えない。ところで先日調査捕鯨船が帰港した際、メディアは「シーシェバードの妨害がひどかったため予定より大幅に減少」と一斉に報じたが、これは水産庁と日本鯨類研究所の発表を鵜呑みにしたものだろう。佐久間淳子「まもなく帰港する日新丸船団の捕獲規模を予測する」は炯眼に値する一文である。近海沿岸捕鯨の復興こそが日本捕鯨の最善の道であり、遥か遠洋の捕鯨は商業的にも成立しないと私は推測している。
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by twin_lens | 2010-04-25 15:49 | 時事世相
海底二万里へ誘う水族館が京都にあってもいい
フランスの小説家ジュール・ヴェルヌの古典名作『海底二万里』をご存知だろうか。アニメーション映画を主体として制作していたウォルト・ディズニーが、実写版として制作したこの映画はとみに有名だが、残念ながらリアルタイムでは観てない。人類の祖先が海の中に暮らしていたにせよ、やはり海底は未知の世界である。海底を這うカメラが捉えた映像に接した子どもたちは、遥かなる未知なる世界に憧憬を描いたに違いない。私はほんのわずかだが、海中遊泳を楽しんだことがある。オーストラリアのグレート・バリア・リーフ、大珊瑚礁群は印象は忘れようにも忘れることができない。西表島の沖合の海中では、目前を通り過ぎたマグロの大きな目にびっくりしたものだ。しかしこれらは贅沢な経験といってよいだろう。それでは陸に上がった人間が水中に棲む生物をいかに観察するか。そのひとつの方法が水槽である。

b0148967_21182199.jpgソロモンの指環―動物行動学入門(文庫)

コンラート・ローレンツ(著)日高敏隆 (翻訳)
# 出版社: 早川書房 (1998/03)
# ISBN-10: 4150502226
# ISBN-13: 978-4150502225

ローレンツは本書の中で、水槽、すなわちアクアリウムを奨めている。「アクアリウムは一つの世界である。なぜならそこでは、自然の池や湖とおなじく、いや結局はこの地球上におけるのとおなじく、動物と植物が一つの生物学的な平衡のもとで生活しているからである」云々。すなわち地球上と相似形の小宇宙が水槽の中にできるというのだ。この簡易な小宇宙を海の世界まで広げることは可能だろうか。ローレンツのアクアリウムは、小動物、しかも淡水に棲息するそれを指している。私が海中でみたマグロが入る筈はない。そこで生まれたのが水族館ではないだろうか。アクアリウムは小規模な水槽ばかりではなく、大規模な水族館をも意味するからだ。
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その水族館だが、オリックス不動産が京都市下京区の梅小路公園に建設を計画、市もそれに呼応、公園の再整備案として建設計画を発表したのである。この計画に疑問を抱いた法然院の梶田真章貫主が「梅小路公園京都水族館(仮称)を考える会」を結成、意見交換を行う会を始めた。貫主はウェブサイトで「各々の正当性だけを主張する『議論』ではなく、互いの考えに対する理解を深める有意義な『対話』の場になればと願っております」と訴えている。日本共産党京都市会議員団が「梅小路公園に水族館はいらない」という懇談会を起こすなど、政党の動きも活発になってきたようだ。またマイクロブログサイト「ツイッター」にもさまざまな意見が寄せられているが、反対意見が大勢を占めている。しかし私は京都に水族館があっても良いと思っている。計画をそのまま賛成というわけでない。景観にマッチした、環境に優しい設計はありえないだろうかと思うのである。子どもたちに、映像ではない海底二万里の入口に立って欲しいと思うのだが、さて、どうだろうか。
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by twin_lens | 2010-03-18 17:10 | 時事世相
緋色に染めて ああ美しい 巫女の袴は
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京都・北野天満宮
Nikon D40 + Zoneplate

私は神社仏閣に塗られている朱色が好きである。朱色は赤系の色の中でももっとも代表的な色だが、わずかに黄色がかり、鮮烈である。神社の本殿、拝殿に次ぐ重要な場所に塗られるのは、朱合漆という透漆の1種類に水銀朱を練り込んで作る本朱漆が使われるそうだ。塀などを含め、全般に使われるのが弁柄(べんがら)漆で、社寺の塗装には欠かせない基本色になっている。弁柄は紅殻とも表記されるが、これはインドの地名ベンガルに由来するそうだ。京都の町家の代名詞として紅殻格子があるが、最近は黒漆が多い。これは花街の風情の影響があるかもしれない。さて、すでに赤系の色として「朱」と「紅」の二種類をあげたが、無論、その色は違う。ウェブ色見本辞典によると、前者の16進数コードは#EB6101、後者は#D7003Aだそうである。赤色からあがた森魚の「赤色エレジー」を連想する人は、かなり古い音楽ファンだと思う。赤色から宮崎駿の「紅の豚」を連想する人も、かなり古いアニメファンだと思う。赤色から共産党の機関紙を連想する人は、かなり政治的志向が強いと想像する。赤色から民主党のロゴマークを連想する人は、最近のニュースに敏感な人と想像する。

b0148967_2020428.jpg鹿児島県内で8月8日に開かれた、民主党の衆院選新人候補の総決起集会で、日の丸の旗を縫い合わせた党旗が掲げられた。そして麻生太郎首相が、17日の党首討論会で突然取り上げ、波紋を呼ぶことになった。民主党のサイトからロゴマークをダウンロードしてみたが、解説によると、浅葉克己氏が1998年4月に党が結成されたときにデザインしたものだという。確かに日の丸が重なってるように見えるが、下の丸は歪んでいる。つまり上の丸が水面、あるいは海面に映った感じで、これは日の出を表わしたものであろう。麻生首相は国旗を切り刻んでつなぎ合わせたと指摘したようだが、本来のロゴは日の丸と関係ないと思う。ただ実際には、日の丸の旗を使ったようで、民主党攻撃の有力な材料になってしまったようだ。ダウンロードしたロゴマークの赤のコードは#E50000で、これは紅色と呼ぶのだろうか。日の丸のほうは、国旗及び国歌に関する法律(1999年8月13日法律第127号)によると、地は白色、日章は紅色となっているだけである。
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京都・下鴨神社
NikonD700 MicroNikkor105mmF2.8

色に関する指定は曖昧だが、旗の縦は横の三分の二、日章の直径は縦の五分の三と定められている。子どもの頃、♪白地に赤く日の丸染めてああ美しい日本の旗は、と歌わされた記憶がある。戦前から戦中にかけて、この旗は軍国主義の象徴であったことは紛れもない史実である。だからといって、切り刻んで良いとは言わないが、私にとっては忌まわしい戦争のシンボルである。しかし、デザイン自体ははシンプルで、優れてると認めざるを得ないし、確かに白と赤はマッチすると思う。神社の本殿にぶら下がっている鈴を鳴らす帯、鈴緒は紅白である。あれはたぶん、正確には紅色ではなく、緋色(ひいろ)かもしれない。緋色のコードは#D3381Cである。京都市中京区の斎藤專商店のサイト、有職comの有職巫女袴着装図によると、袴は緋色である。この世で一番優れた服のデザインは軍服だとよくいわれる。誰でも似合うからだ。軍服に喩えたら余りにも可哀そうだが、巫女の衣裳は誰でも似合うと思う。
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by twin_lens | 2009-08-20 20:05 | 時事世相
間違ってもケータイでふらふら盗撮しないでね
b0148967_133116.jpgスカートの下の劇場 (文庫)
上野 千鶴子 (著)
* 文庫: 215ページ
* 出版社: 河出書房新社 (1992/11)
* ISBN-10: 4309472419
* ISBN-13: 978-4309472416
* 発売日: 1992/11

中学生の頃、夢精やマスターベーションで汚れた下着を洗濯籠に入れることに戸惑った経験がある。洗濯は母親の仕事であり、いきなり下着は自分で洗うよ、とは言い難かった。息子の性に関し、下着の洗濯を通じて母親はとっくに承知していたに違いない。この著書の文庫版は1992年に発刊されたが、原書は1989年に単行本として出版されている。著者は新進のフェミニズム学者として京都精華大学で教鞭をとっていて、この著書が上梓された前後に何度かお会いしたことがある。それはともかくとして、本書で著者は「かくして主婦は家族全員の下着=性器を支配する」と喝破している。夫、娘、息子、下着の洗濯によって、すべての性的秘密を主婦は透視してしまうというわけだ。ところで本書を再読したのは、じゃあ、なぜ女性は下着に凝るのだろうか、といういささか男の下世話な好奇心である。

世の中には下着フェチなる男の存在があるらしい。女性の下着泥棒のニュースは後を絶たないが、その逆の話は聞いたことがない。なぜそれまでに男は女性の下着に拘泥するのだろうか。いや、拘泥させられるのだろうか。私の友人は某私立女子高校の教師をしているが、とにかく辟易とすることがあるという。つまり授業中、最前列の女子生徒がこれ見よがしにミニスカートの奥の下着をチラつかせるというのだ。ははは、代わりに授業しようかと私はジョークを飛ばしたものの、教壇に立つ自信はない。下半身を覆う下着は性器を隠すものである。いかに彼女たちが薄い布切れであっても、隠している以上、それは覗いてはいけないものらしい。ではどうして下着が見えるすれすれのスカートを彼女たちは穿くのだろうか。私の娘の解説によれば「女の子はね、ある時期しか装うことができないファッションをしたがるものなの」だそうである。
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京都・新京極通
Rolleiflex3.5F Xenotar75mm T-max400

所謂お嬢さん学から言えば、高貴な女性は決してミニスカートを穿かないと思う。ロングスカートのほうがどうみても気品があるかあるからだ。しかし娘に言わせると、高校時代はいわば一過性の青春、だから流行ってるものに飛び付くのだそうだ。その伝でいえば、ロングスカートが流行れば、それに飛びつくことになる。さらに演繹すえば「なぜ女性は下着に凝るのだろうか」という疑問にぶち当ることになる。これこそ上野千鶴子のテーマなのだが、多くの女性は、特定の男を想定して着飾るという。えっ、風が吹いて、マリリン・モンローのようにスカートを抑える、そういった光景を想像してなのかと思ったらどうやら違うらしいのである。一応イスラーム圏であるイスタンブルのイスティクラル通りの下着店のあからさまなディスプレーに驚いたことがある。女性が肌を晒すことを極端に嫌う国だが、それはあっけらんかんとした光景であったが、ひとたび身につけたら様相が激変するのだろう。間違ってもケータイでふらふら盗撮しないでね、ケーサツに捕まったら、とてもじゃないけど恥ずかしいから、私死んじゃうわよ、と娘は言う。
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by twin_lens | 2009-07-21 13:32 | 時事世相
アインシュタインの部屋

この写真、Tシャツやポスターなどにプリントされてるのを、一度は見たことがある人が多いと思う。やや旧聞に属するが、先月の17日、7x11インチのオリジナルプリントが、ネットオークションで蒐集家デヴィッド・ワクスマンによって74,325ドルで落札された。この写真はアルバート・アインシュタインの72歳の誕生日、プリンストン大学でUPIの写真家アーサー・ザッセが撮ったものと説明されていた。ニュージャージー州プリンストンには、大学とは別に、アインシュタインが研究活動した高等学術研究所があるので、そこで撮られた可能性高い。笑って下さいと頼んだところ、逆に舌を出したのだが、本人も気にいって9枚のプリントを注文したようだ。

オークションで落札されたこの写真は、アメリカの放送ジャーナリストで、ニュース解説者のハワード・K・スミスにプレゼントされたもの。万年筆を使い、ドイツ語で "Diese Geste Dir gefällt, Weil sie gelt der Menschenwelt, Der Civilist kann sich's leisten, Kein Diplomat kann sich's erdreisten. Ihr Freund und dankbarer Zuhörer, A. Einstein '53."(全人類に向けられたこのジェスチャーを好きになるでしょう。民間人ゆえに、外交官があえてしないことをする余裕を持つことができます。忠実にして感謝、あなたのリスナー、A・アインシュタイン、'53年)と書かれている。ハワード・K・スミスは当時CBSの支局長だったが、晩年のアインシュタインは、毎週日曜に放送されていた彼のニュース番組を聴いていたようだ。

b0148967_1133568.jpgアインシュタインの部屋―天才たちの奇妙な楽園〈上・下〉
エド・レジス(著) 大貫 昌子(翻訳)
# 出版社: 工作舎 (1990/09)
# ISBN-10: 4875021712, 4875021720
# ISBN-13: 978-4875021711, 978-4875021728

本書はアインシュタインを始めとして、世界最高の頭脳を集め、世事に惑わされずに研究するために設立された、プリンストン高等学術研究所に席を置いた科学者たちの物語である。1756年、この街に移ってきたカレッジ・オブ・ニュージャージーは、1896年になってプリンストン大学と名を改める。つまり慎ましい学園都市であった。高等学術研究所は実験室もなく、授業もなく、純理論の温床として作られたものだった。プリンストン大学付属の施設と誤解されやすいが、大学に属したことは一度もない。専用の土地を買うまで大学に間借りしていただけである。1933年、アインシュタインが研究所にやってきたことによって、一夜にして物理学の世界的中心地と化してしまった。世界中の科学者が集まり、天才たちの奇妙な楽園となったのである。アインシュタインを玉座にすえた研究所は、クルト・ゲーデル、フォン・ノイマン、ロバート・オッペンハイマーなどが在籍した。相対性理論、量子力学、コンピュータ、原子爆弾、20世紀の事件現場でもあった。それらがドラマチックに綴られていて、非常に面白いノンフィクションになっている。読み下すための科学知識は特に必要ない。
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by twin_lens | 2009-07-09 11:33 | 時事世相
東国原お笑い劇場の台本作者は誰れ?
自民党の古賀選対委員長が、今月23日、宮崎県東国原知事に次期衆議院選挙出馬を要請した。これも芸のうちなのだろうか、知事は「私を次期総裁候補として次期衆議院選挙を戦う覚悟はありますか」と返答したという。これに対し、大阪の橋下知事は「断る理由として言ったとしか考えられない。公認をもらうのも大変なのに、いきなり総裁選とは…」とコメントしたという。つまり洒落じゃないかというのだ。確かに断るつもりの皮肉なら、流石たけし軍団、人気商売のコツを心得ている感心する。これならたとえ不出馬でも宮崎県民への言い訳にもなる。落語にしても、漫才にしても、お笑いネタは即興もあるかもしれないが、上質のそれは予め練られたものだと思う。実は東国原お笑い劇場のネタは、周到に用意された、本気のものじゃないかと私は思い始めた。というのは翌24日、県庁で記者団に対し「総裁候補となることを条件に、宮崎のため、地方のため、私は国に行く」と再強調したからだ。いったい台本の作者は誰れなんだろう。


今回の騒ぎで掻き消された感じだが、筋書きには前章がある。自民党側が総務相就任を打診するのではとの観測が流れていて、これに対し知事は前日の22日に「法的には可能だが、両方とも激務。物理的にはどっちも中途半端になるのでは」と述べている。つまり面会を求める事前の電話連絡で、古賀委員長は知事に「総務大臣の椅子」を用意して打診していたのである。大臣の椅子もずいぶん軽くなったものだ。もっとも先月25日、参院予算委員会で、元スピードスケート選手の橋本聖子外務副大臣が、北朝鮮の核実験に関する答弁でしどろもどろになったことがあった。正午ごろ、北朝鮮が発表したが、中曽根外相はアジア欧州会議外相会議のため、ベトナムを訪問中で不在だった。ビデオを見たが「毅然と対応する」と繰り返すだけで、誠にお粗末、醜態そのものであった。副大臣とはいえ日本の閣僚はこんな体たらくなのである。だから大臣の椅子なんてたいしたことはないと私は思ってしまうのである。

すると、だから総務大臣の椅子を東国原氏に差し出すなんてた易いことなのである。その後の報道では、自民党内に波紋が広がったそうである。つまり面目を失った現役議員が不快感を示したという。丸山参院議員は「古賀氏の責任を追及すべきだ。場合によっては即刻辞任してもらうことがあっていい」と息巻いたそうだ。古賀委員長は「個人的判断で、党や麻生首相には相談していない」と強調したという。さらに同党の細田幹事長は「党として正式に決定したということではない」と語ったようだ。かくして東国原お笑い劇場の主役は時の人として俄かにスポットライトを浴び、メディアは追従に必死である。しかし魑魅魍魎の自民党、一連の騒動の台本の作者は実は自民党自身ではないか、と私は疑心暗鬼になるのである。誘った古賀委員長も、噛みついた丸山参院議員も、知らぬ存ぜぬの細田幹事長もみな役者、台本に書かれた台詞を読みあげているに過ぎないのではなかろうか。東国原お笑い劇場は国民の関心を呼び、無党派層が大量の票を投ずる。そして選挙で勝てば、いつしか主役は舞台から蹴落とされる。そんな筋書きが瞼にチラつくのである。これは果たして真夏の夜の夢だろうか。
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by twin_lens | 2009-06-25 08:48 | 時事世相
鳩鳩兄弟のフンガイに要注意
b0148967_19254564.jpg旧約聖書創世記第8章に「四十日たって、ノアはその造った箱舟の窓を開いて、からすを放ったところ、からすは地の上から水がかわききるまで、あちらこちらへ飛びまわった。ノアはまた地のおもてから、水がひいたかどうかを見ようと、彼の所から、はとを放ったが、はとは足の裏をとどめる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰ってきた。水がまだ全地のおもてにあったからである。彼は手に伸べて、これを捕え、箱舟の中の彼のもとに引き入れた。それから七日待って、再びはとを箱舟から放った。はとは夕方になって彼のもとに帰ってきた。見ると、そのくちばしには、オリブの若葉があった。ノアは地から水がひいたのを知った」という下りがある。所謂「鳩=平和のシンボル」は、この聖書にルーツがあるらしい。オリーブをくわえた鳩のイラストは山ほど見ている。その典型は日本たばこ産業から製造販売されているロングセラー「ピース」だろう。アメリカの煙草「ラッキー・ストライク」のパッケージデザインをした産業デザイナー、レイモンド・ローウィによって、1952年にデザインされたそうだが、吸わない私にとっては迷惑な煙の元である。

鳩と言えば、確かラジオで歌手のアグネス・チャンが公園のそれを「美味しそうに見える」と語っていたのが印象深い。私は食べたことがないが、中国宮廷料理にはどうやら欠かせない食材らしい。日本では野鳥として保護されているので、捕まえて食べるわけにはゆかない。鳩といえば洋の東西に関わらず、宗教施設と馴染みが深いと言える。かつて訪ねたトルコのイスタンブル、金角湾のイェニ・ジャミイやエユップ・ジャミイなど、モスクの庭には無数の鳩が群がり、そして観光客相手にエサも売られていた。これは日本の神社仏閣と全く同じ光景なのだが、ずいぶん前から様相に変化が起きている。例えば京都で私が知ってる限りでは、鳩のエサを売ってるのは六角堂くらいである。逆に「ハトにエサをやらないで下さい」という看板をあちこちの神社仏閣で見かける。要するに増えすぎた鳩の「糞害」対策であって、今や鳩は平和のシンボルどころか、迷惑視さえている存在なのである。
b0148967_19261937.jpg
Pigeons
Yeni Camii, Istanbul
Fuji GA645 Provia100F

さて、本題。政界では二羽の鳩が元気そうである。時事通信電子版によると、自民党の鳩山邦夫前総務相は21日のTBS番組で、前倒し論が出ている党総裁選への出馬について「仲間がいなけりゃできない。政局はどういうふうに流れるかまったく分からないから、お答えのしようがない。もしチャンスがあれば、としか言えない」と述べ、環境が整えば出馬することもあり得るとの考えを示したそうである。今月12日、その鳩山邦夫氏が総務大臣を辞任している。これは麻生総理が「更迭」したのだそうだが、二人は盟友ではなかったのか? そのいきさつについてはごちゃごちゃしていて分かり難いので省くことにする。まさか鳩山邦夫氏が自民党総裁になるとは想像し難いが、万が一なったら、自民、民主両党の党首が兄弟ということになってしまう。しかし所詮、民主党も自民党も同じ穴のムジナだからどうでもよいけど、いささかオカシイといえばオカシイ。食べるには不味いだろうし、エサを与えるには大富豪で失礼だ。せめて「糞害」をまき散らして欲しくないものだ。ただし「憤慨」なら要注目だが。せめてハト派であって欲しい。
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by twin_lens | 2009-06-21 19:29 | 時事世相
豚インフルエンザに関するQ&A
Swine Flu Facts, Swine Flu Myths
Maggie Koerth-Baker for National Geographic News
April 27, 2009


Swine Flu Going Global

ヒトからヒトへ感染し致死性を持つ新種の豚インフルエンザがメキシコを中心に流行しており、先週末から、パンデミック(世界的大流行)に至るのではないかという不安が広まっている。しかし、豚インフルエンザそのものについての理解はまだ行き渡っていないようだ。今回は、豚インフルエンザに関して誤解の生じやすい重要な点を専門家に尋ねた。

質問:豚肉を食べても安全か?
回答:これまでと変わらず安全。

たしかに、豚肉など畜産物を扱うときや消費するときにウイルスが伝わることもある。「しかし、今回H1N1豚インフルエンザが広まっているのはその経路ではない」と、アメリカのノースカロライナ州に拠点を置く非営利研究機関RTIインターナショナル(RTI)に所属する公衆衛生政策アナリストのクリスティン・レイトン氏は話す。

豚インフルエンザは呼吸器系ウイルスであり、ヒトからヒトへ感染する。危ないのは豚肉料理ではなくコックのくしゃみなのだ。豚からヒトへの感染だけであれば、ウイルスが広がるのは通常、農家や食肉業者など、動物の体液と接触する機会の多い人に限定されるので、公衆衛生当局の心配もそれほど大きくならない。

質問:マスクの着用で豚インフルエンザの感染を防げるか?
回答:部分的に「はい」、部分的に「いいえ」。

「メキシコで歩行者に配布された青色の外科手術用マスクは、何もないよりはましだが、おそらくその効果は限られたものだ」と、メリーランド州ボルチモアにあるジョンズ・ホプキンス・ブルームバーグ公衆衛生大学院(JHSPH)の微生物学・免疫学の準教授アンドリュー・ペコシュ氏は話す。

このようなマスクは、感染者のくしゃみで出る比較的大粒の水滴を防ぐことはできる。唾液に乗って運ばれるウイルスもあるため無意味ではない。しかし、ウイルス自体はマスクの縫い目よりもはるかに小さく、容易に通過してしまう。N95基準やN99基準に適合した特製マスクであれば、通常のものよりも優れたフィルターとなるが、それでも万全ではない。

ペコシュ氏は、「防衛法としては、マスクだけでなく、手洗いを欠かさないこと、他人との距離を90~120センチに保つようにすること」を推奨している。

質問:またいつものように、メディアが“恐怖”をあおっているだけではないのか? どれほど心配する必要があるのか?
回答:パニックになる必要はないが、無視してよいわけではない。

「動物からヒトへの感染」という状態から「ヒトからヒトへの感染」へと、感染経路を拡大するような特性を持ったインフルエンザウイルスは非常に珍しい。H1N1豚インフルエンザはこの特性を持っているので、潜在的な危険性を秘めているといえる。そして、この点が鳥インフルエンザに対する懸念とは異なるところである。鳥インフルエンザにはまだそのような“特性”が備わっていないからだ。

ヒトからヒトへの感染があるからこそ、公衆衛生当局は豚インフルエンザに対して資源を投入して取り組み、一般の人々に注意を促しているのである。

ただし、JHSPHのペコシュ氏やRTIのレイトン氏などの専門家によると、現在のところ、家に閉じこもる必要はないという。

まだ理由は判明していないが、メキシコ以外では大きな被害が出ていない。「症状が重大化する可能性もあるが、アメリカ国内ではそれほど深刻で直接的な脅威とはなっていない」と、ペコシュ氏は話す。

「ただし、一般の人にとっても注意が必要なのは確かだ。また、公衆衛生当局が積極的にモニタリングや調査を続けていくことも正当だと言える」。

質問:豚・鳥・ヒトのインフルエンザウイルスが混ざった豚インフルエンザウイルスがどうして生まれるのか?
回答:ウイルスの進化に、豚が環境として適しているから。


インフルエンザウイルスは非常に乱雑に増殖し、8つに分かれたインフルエンザ遺伝子はすべて独立して複製される。ある細胞が3つの異なるインフルエンザウイルスに感染すると、ウイルスが増殖する際、複数の親の遺伝物質がランダムに混ざり合って次世代インフルエンザウイルスが誕生する。

「ほとんどの場合、このような“カット・アンド・ペースト”型のウイルスは十分に機能することなく死滅する」と、前出のペコシュ氏は話す。しかしときおり突然変異で、ほかの競争相手よりも優れた特性を持つ新しいインフルエンザウイルスが誕生することがある。

H1N1豚インフルエンザもそのうちの一つだ。ただし、ペコシュ氏によると、同じような例は過去30年の間にいくつも確認されているという。豚が問題となるのは、豚は鳥とヒトのどちらのインフルエンザウイルスにも感染するため、遺伝子の“シャッフル”に非常に適した環境を持っているからである。

(以上「ナショナルジオグラフィックニュース」から転載)

補足資料:新型インフルエンザに関する相談・情報窓口

電話相談
・厚生労働省 03-3501-9031(午前9時~午後9時、当面は土日祝日も)
・農林水産省 03-3591-6529(午前10時~午後5時、平日のみ)
・外務省 03-5501-8000、内線4625・4627・4629(24時間)
ホームページ
・厚生労働省
 http://www.mhlw.go.jp/
・厚生労働省検疫所「海外旅行者のための感染症情報」
 http://www.forth.go.jp/
・国立感染症研究所感染症情報センター
 http://idsc.nih.go.jp/index-j.html
・全国保健所長会「新型インフルエンザ対策のページ」
 http://www.phcd.jp/shiryo/shin_influ.html
・海外派遣企業での新型インフルエンザ対策ガイドライン
 (労働者健康福祉機構 海外勤務健康管理センター)
 http://www.johac.rofuku.go.jp/news/061001.html
・外務省「海外安全ホームページ」
 http://www.anzen.mofa.go.jp/

TB:鳥じゃなくって豚だったのね
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by twin_lens | 2009-04-29 12:20 | 時事世相