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写真少年漂流記
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カテゴリ:洛中洛外( 44 )
引っ越しました

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by twin_lens | 2011-03-01 20:00 | 洛中洛外
車椅子の視座
先月18日に「滑って転んで松葉杖が新伴侶」という一文を寄せたが、その続きである。再診したところ、やはり手術をしたほうが良いということになり25日に入院、翌26日に施術ということになった。足首の脱臼骨折であり、部分麻酔だと思っていたが、意外にも全身麻酔による手術だという。私は心筋梗塞の既往症があり、血管内で血液が固まるのを防ぐバイアスピリンという薬を常用している。手術の何日か前から服用を中止するのだが、脊椎麻酔に何らかの影響が出ないとも限らないという。だから麻酔ガスの吸入という方法を執るという麻酔医の説明があった。
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手すり 京都第二赤十字病院(京都市上京区釜座通丸太町上る) Nikon D40 Nikkor18-55mm F3.5-4.6

手術は二時間半程度で無事終了。といっても全身麻酔なので私は全く記憶がない。あとになって医師にレントゲン写真を見せていただいたのだが、金属板を骨に沿って添え、ボルトで固定するという施術であった。この金属片はずっとこのままでもいいし、場合によってはずっと後で除去してもいいそうだ。さて術後は固定された骨が固まるのを待つだけ。俗に言うところの所謂「日にち薬」というやつである。化膿止めおよび雑菌の感染防止ため抗生物質、そして痛み止めの点滴が何日か続いたが、後にこれは内服薬に代わった。さて入院中は、車椅子にもっぱら世話になった。松葉杖もそうだが、車椅子もまた初めての体験である。車椅子はいわばハンディキャップを持った人のシンボル的な道具だが、腕の損傷さえなければかなり優れたギアだと感心した。

しかしやはり何処かに他者の助けが必要という身体状況をも表わす道具でもあるようだ。うっかりするとお盆から食器が滑り落ちそうになるので、結局、食事は看護師さんに病室まで運んで貰った。車いすといえば私は土門拳を思い出す。脳溢血で倒れながらも室生寺の雪景色を撮った執念は確かに凄いと思う。しかし彼が乗った車椅子持ちあげて、あの石段を登った助手たちがいたからこそ可能になったと言えるだろう。病棟内で何コマかの写真を車椅子から撮影したが、残念ながら院外に出て撮る機会がないまま、本日退院した。ただし歩けるようになったわけではない。骨が固まるまで通院、そして歩行のためのリハビリが必要で、まだまだ車椅子と松葉杖の世話になりそうだ。

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by twin_lens | 2011-02-05 16:20 | 洛中洛外
飼育は殺して食べるよりマシと囁いてみたくなる
昨年の暮れから今年にかけて「京都水族館建設工事は想像以上に進んでいる」「京都水族館は生物多様性を損失させるか」という拙文を寄せた。京都の梅小路公園に建設中の水族館に関し、その要点5項目のうち、次の1)~4)までについて私見を述べたわけだが、残りの5)について綴ってみたい。
1) 梅小路公園にハコモノはいらない
2) 水族館は京都にふわしくない
3) 娯楽施設であり教育施設ではない
4)水族館は生物多様性を損失させる
5)動物の福祉をそこない権利を奪う
動物に対する倫理に関しては「愛護」「解放」「福祉」「権利」」といった用語があり、それぞれの意味は異なる。ここでは「福祉と権利」について触れるが、これは4)と同じく、イルカの飼育およびそのショーへの批判である。いわく「人工プ―ル飼育では野生状態より寿命が短い」「狭い水槽に閉じ込めるのは可哀そうだ」「イルカに芸をさせることは動物虐待だ」「そもそもヒトが他の動物を飼育展示するのはその権利を奪っている」などなどの意見である。これらを軸にした水族館建設反対論に対し、私は適切な賛否論を述べる自信はない。しかし様々な意見を一瞥し、疑問点があれば触れてみたいと思う。
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Whales Dolphins and Porpoises
Mark Carwardine (著)
Martin Camm (イラスト)
# ペーパーバック: 256ページ
# 出版社: Dk Pub ; Flexi版
# 言語: 英語
# 対象: 9 - 12歳
# ISBN-10: 1564586200
# ISBN-13: 978-1564586209
# 発売日: 1995/04

シャチ Killer Whale  loupe 拡大表示

今月14日、名古屋港水族館の雌のシャチ「ナミ」(推定28歳)が死んだ。和歌山県太地町沖で捕獲され、1986年から同町立くじらの博物館が飼育していたが、昨年6月に名古屋港水族館が5億円で購入したものだという。自然の入り江を利用した太地町の天然プールでは元気だったのに、わずか7カ月で他界してしまった。シャチはイルカの仲間であるので、これを機会に人工プールでの飼育批判が高まる可能性がある。また出典が明らかではないのだが、イルカの野生と飼育の寿命差は1/3ほどという説もあるという。ところで「狭い水槽に閉じ込めるのは可哀そうだ」という感想だが、これは陸上の動物を狭い檻や囲いに閉じ込める動物園に共通している。
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動物の権利

ピーター・シンガー(編) 戸田清 (訳)
# 単行本: 374ページ
# 出版社: 技術と人間
# SBN-10: 4764500531
# ISBN-13: 978-4764500532
# 発売日: 1986/09

ピーター・シンガー編『動物の権利』に寄せた論文の中で、哲学者のデール・ジャミーソンは「野生動物の捕獲は結局のところ、彼らを自然の生息地から引き離し、長距離を輸送し、彼らの自由がきびしく制限されるような異質の空間の中で飼うということである」と動物園の存在を否定している。ほんのわずかな期間だったが、東アフリカのサバンナで野生動物と接したことがある私にとって、確かに動物園のライオンやゾウは目をそむけたくなる。しかし多くの人々がそのような機会に恵まれるわけではなく、動物園に行かざるを得ない。
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テキサス州立水族館のイルカ展示  Texas State Aquarium , originally uploaded by ©elisalou_designs.

デール・ジャミーソンの主張に関しては昨年5月末に投稿した「動物の権利と動物園のあり方」にもう少し詳しく書いた。動物園の存在意義のひとつとして、よく言われるのは動物の研究および教育である。ところが「不自然な環境で飼われてる動物を研究することによって、学べるものは何もない」と一蹴している。この論を受け入れるなら、水族館もきっと同じだろうと想像する。つまり水棲動物の研究あるいは教育に何ら役立たないということになるだろう。ところが多くの水族館サイトを覗いてみると、必ずのように研究、教育プログラムについて紹介している。そもそも京都市が公園敷地を、民設民営の施設向けに初めて貸与することになったのは、それが「教養施設」であるという理由であった。その主張が苦しくしているのは、前回も触れたが、やはりイルカショーではないだろうか。ショーが目玉なら娯楽施設と断定せざるを得ない。

b0148967_19222352.jpgイルカとぼくらの微妙な関係
川端 裕人(著)
# 単行本: 287ページ
# 出版社: 時事通信社
# ISBN-10: 4788797291
# ISBN-13: 978-4788797291
# 発売日: 1997/08

環境保護団体を自称するシーシェパードによる南氷洋での調査捕鯨妨害、太地町のイルカ漁サスペンス風ルポでアカデミー賞を受賞した映画『ザ・コーヴ』の上映騒ぎ、そして京都水族館建設におけるイルカ飼育への批判。イルカを含めたクジラ類に関して何故にこうまで議論が沸騰し、世論を分かつのだろうか。本書は「イルカと人間のかかわりはつくづく微妙だと思う」という書き出しで始まる。そして末尾の段では「イルカを食べる」という章に展開してゆく。ヒトはイルカを捕獲し、食べている。食べない人たちはそれを批判する。どんな動物なら良心の咎めを感ずることなく殺したり食べたりすることができるか。
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Animal Liberation: The Definitive Classic of the Animal Movement
Peter Singer(著)
# ペーパーバック: 368ページ
# 出版社: Harper Perennial Modern Classics; Reissue版
# 言語: 英語
# ISBN-10: 0061711306
# ISBN-13: 978-0061711305
# 発売日: 2009/3/1

動物の権利に関し指導的な役割を演じてきた『動物の解放』の著者であるピーター・シンガーは、動物が痛みを感じたり、喜びを味わったりすることができるかが鍵だという。そして苦痛を感じる動物の範疇の中に魚を入れている。魚を食べるなと言われたらきっと困惑するだろう。建設中の京都水族館でのイルカショーは反対である。単なる娯楽に過ぎなく、水族館の目的に反すると感ずるからだ。しかし、イルカの飼育は、殺して食べるよりマシじゃないかと、私は心の片隅でフト囁いてみたくなる。

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by twin_lens | 2011-01-20 22:15 | 洛中洛外
滑って転んで松葉杖が新伴侶
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松葉杖 京都市北区の自宅 NikonD700 Nikkor28-70mmF2.8

一昨日の16日、金閣寺の雪景色を撮り、参道に出たところで滑って転倒、足首を捻挫した。日曜だったし翌日病院で診て貰おうと思ったのだが、夕方になって痛み出す始末。堪りかねて夜間の救急外来で診察して貰った結果、骨折とのこと。歳と共に骨が弱くなっているのだろう。というわけで松葉杖を伴侶とした生活が始まってしまった。患部を固定する自然治癒方法だと三カ月、手術だと三週間はかかるとのこと。20日の再来診察で医師と相談して決めるが、いずれにしてもしばらく外で写真を撮れない状態が続きそうだ。しかしこの際、撮りっ放しのフィルムを整理、スキャナで画像を取り込む作業でもしようかと思っている。併せて読書三昧の生活を楽しめそうだ。

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by twin_lens | 2011-01-18 12:00 | 洛中洛外
金閣寺雪景色撮影始末記
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2010年12月31日12:40 NikonD700 Nikkor28-70mmF2.8

今冬は京都市内も雪が多い。大晦日に大雪となり北山鹿苑寺(金閣寺)に出かけて写真を撮った。特に狙ってるわけではないが、比較的近所ということもあって、行き易いからだ。空の部分をよく見ると、黒いゴミのような痕跡があるが、これは雪である。なかなか降りやまないので、しばらくして引き上げた。
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2011年1月16日10:35 NikonD700 Nikkor70-200mmF2.8
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2011年1月16日11:05 NikonD700 Nikkor70-200mmF2.8

今年に入って、市内に何度か降雪があったが、金閣寺に行くことはなかった。ところが今朝、窓の外を見たら粉雪が舞っていたので、足を運ぶことにした。大晦日に降りやむのを待たずに帰ったが、今日はもう少しねばろうと思ったからだ。午前9時半ごろ入苑したが、すでに降りやみ、屋根の雪が溶けている。諦めて帰ろうと思ったところ再び降り出した。深々と降りしきる中、シャッターを押したが、今度は降りやむのを待つことにした。11時過ぎに小降りとなったが、ご覧の通り背景の樹木に雪がない。そして僅か5分もしないうちに屋根の雪が溶けてしまった。どうも写真が決まらないのである。
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2010年2月7日9:05 NikonD700 Nikkor70-200mmF2.8

同じようなことを昨年の2月に体験している。朝から降雪があったので出かけたところ、9時の開門を待っている間の8時半ごろに太陽が顔を覗かせた。ご覧のようにかろうじて屋根に雪が残っているものの、やはり樹木に雪がない写真になってしまった。なかなか思うような写真は撮れないものである。
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2005年12月22日 Nikon CoolPix5700

雪景色だから雪が舞ってる最中でも確かに構わない。しかし私が小やみ、あるいは降りやむシーンも狙ってみようと思ったのはこの写真のせいである。これは現住所、衣笠に引っ越してきた年の暮れ、冬至の日、雪が降ったので何となくコンパクトカメラを抱えて金閣を訪れたときのものである。今から思えば偶然なのだが、一瞬小ぶりとなり、雲間から柔らかな太陽光線が差した。その一瞬を捉えたものだが、未だにこれ以上の写真を撮れていない。幸運という名の女神の贈り物である。

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by twin_lens | 2011-01-16 18:01 | 洛中洛外
京都水族館は生物多様性を損失させるか
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水館建設現場 梅小路公園(京都市下京区上観喜寺町) 2010年12月28日撮影 NikonD700 Nikkor28-70mmF2.8

昨年の暮れ「京都水族館建設工事は想像以上に進んでいる」という一文を当ブログに寄せた。梅小路公園の建設現場を訪れのだが、思いのほか工事が進んでいて、もはや反対運動は万事休すとすら感じたくらいである。建設中の水族館の施工主はオリックス不動産で、藤沢市で「新江ノ島水族館」を運営、さらに東京スカイツリー施設内に「墨田水族館」を計画、すでに工事着工しているようだ。
1) 梅小路公園にハコモノはいらない
2) 水族館は京都にふわしくない
3) 娯楽施設であり教育施設ではない
4) 水族館は生物多様性を損失させる
5) 動物の福祉をそこない権利を奪う
京都に限れば、前回のエントリーで、これまでの建設反対派の意見を以上のように箇条書きしてまとめてみた。そして1)から3)まで私のつたない意見を述べたが、4)5)は年越しになってしまった。
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イルカショー 新江ノ島水族館(藤沢市片瀬海岸) Shin-enoshima Aquarium, originally uploaded by Sato244.

さて4)5)に共通しているのは、魚類ではなく、海洋哺乳類のイルカの飼育およびそのショーについての疑問である。いずれ詳述するつもりだが、私もイルカショーは反対である。4)についてだが、昨年は名古屋でCOP10、すなわち「生物多様性条約第10回締約国会議」が開催されたこともあって、実にタイムリーな問題提起であったとは思う。上記会議サイトによれば(I)地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全すること(II)生物資源を持続可能であるように利用すること(III)遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分すること、この3点に要約できるようだ。イルカ漁および捕鯨は、野生生物資源の商業的な利用を意味するが、資源としての回復力が弱いという。生物多様性というと、まさにその資源としての観点から考えがちのようだ。しかし本来地球生態系の保持を目的としたもので、資源的観点からのみ考えるものではない。しかし海洋生態系において鍵となる種であるイルカを含めた鯨類については、国際的にも、また国内でも文字通り多様な価値観があるのが現実だろう。その多様性が議論を複雑にしていると思われる

b0148967_16213172.jpg生命の多様性(上・下)
エドワード・O・ウィルソン(著)大貫昌子・牧俊一(訳)
# 出版社: 岩波書店
# ISBN-10: 4006001312, 4006001320
# ISBN-13: 978-4006001315, 978-4006001322
# 発売日: 2004/10

生物多様性について参考図書だが、過去に何冊か紹介したことがある。そのひとつがこのエドワード・O・ウィルソン著『生命の多様性』(岩波書店)である。下巻12章「脅かされる生物多様性」に、国際自然保護連盟(IUCN)のレッドデータブックを引き合いに出しながら、淡水魚絶滅の要因を次のように区分けしている。すなわち、物理的生息場所の破壊、導入種による排除、化学汚染による生息場所の変化、他種および亜種との交雑、過剰捕獲である。これはそのままとは言えないものの、おおむね海洋生物にも当てはまるのではないだろうか。そこで水族館でイルカを飼育することと、生物多様性損失の因果関係だが、最後の過剰捕獲とどの程度結びつくかということになる。つまり、水族館に供給するために捕獲されるイルカが、どの程度生物多様性損失に繋がるかという論点である。これはCOP10会議における(II)生物資源を持続可能であるように利用すること、という論議に通ずると言える。しかし先に触れたように、それはあくまで資源的観点であり、海洋生態系保全とは一線を画するものではないだろうか。生物の多様性というのは文字通り、生き物がたくさん存在することである。人間という厄介な動物が、地球上の生物の多様性を、物凄い勢いで奪ってることを痛切に感ずる。しかしこの用語の水族館建設反対運動への援用は、安易過ぎたのではと感じたのは私だけだろうか。5)動物の福祉をそこない権利を奪う、はまたしても宿題となってしまった。

参考:
京都市監査委員 水族館土地使用料監査請求を棄却 (2010年12月28日京都新聞)
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by twin_lens | 2011-01-12 20:00 | 洛中洛外
あけましておめでとうございます
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今年もどうぞよろしくお願いします

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by twin_lens | 2011-01-01 00:00 | 洛中洛外
京都水族館建設工事は想像以上に進んでいる
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ツイッターに参加したのは昨年の8月だが、暮れになって、そのツイッター上で京都市下京区の梅小路公園に水族館計画があることを知った。法然院の梶田真章貫主の呼びかけで、6月に初回の「京都水族館を考える会」が開催された。その何回目だったかは失念したが、会合への参加案内が同じくツイッター上であった。事情が分からず調べてみると、京都市は第1回「京都水族館(仮称)整備構想検討委員会」をその前年、2008年9月に開催している。従って私が知ったのは、その1年以上も後ということになる。その間に何らかの報道があったのかもしれないが、私にとっては初耳だった。理由は後述するが、3月に私は「海底二万里へ誘う水族館が京都にあってもいい」という一文を当ブログに寄せた。コンラート・ローレンツの『ソロモンの指環―動物行動学入門』に登場するアクアリウムを引き合いに賛成論を書いた。その後、とにかく現場を見ておこうと思い、5月に公園を訪れた。当ブログに「雨上がりの梅小路公園をそぞろ歩く」という記事を書いたが、その後も何度か訪れてつたない意見を述べた。昨12月28日午後京都駅に出かけたついでに寄ってみた。工事は想像以上に進んでいる。
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水館建設現場 梅小路公園(京都市下京区上観喜寺町) 12月28日撮影 NikonD700 Nikkor28-70mmF2.8

賛成論といっても、それは「あってもいい」といった程度の極めて消極的なものだ。京都の三山の麓、そして街中にも多くの社寺が立ち並んでいる。かつてAFP通信社の東京支局長だった、ロベール・ギランが「木と土と紙で出来た家々の甍の波の美しさ」といういうような意味の言葉で絶賛した京町家は、その大部分を失った。しかし依然として魅力ある古都であるには違いないが、それはオトナが耽溺する世界である。若い人、子ども向けのアミューズメントゾーンがこの町には少な過ぎるのである。駅の近くにあれば、近隣府県からもお客さんが来るし、あってもいいじゃないかと漠然と思ったものである。消極的とはいえ、そう考えた私はいわば少数派かもしれない。
1) 梅小路公園にハコモノはいらない
2) 水族館は京都にふわしくない
3) 娯楽施設であり教育施設ではない
4) 水族館は生物多様性を損失させる
5) 動物の福祉をそこない権利を奪う
建設反対派の意見を箇条書きすれば以上のように要約できるだろうか。異論があると思うが、このように解釈している。それではこれらを私なりの異見、あるいは疑問点を綴ってみよう。
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loupe
まず1)だが、確かに市民が憩う公園に大きな建物は邪魔だ。ましてそれが税金の無駄遣いなら尚更だ。しかしちょっと事情が違う。施工主は京都市から借地し、賃貸料を払うので、ひっ迫した財政に少しは寄与するだろう。地図を拡大して見て欲しい。建設場所は右上の一角、芝生公園の道路の北側で、緑地が大きく損なわれるとは考え難い。実にうまい所に目を付けたものだと感心してしまう。さらに北側の木津橋通に倉庫、車庫、そして4階建のマンションが建っている。マンションの日照権が失われる可能性があるのが大いに気になる。ただ水族館が現在建ちつつある高さなら、太陽が一番低いこの時期でも一階まで陽が差すようだ。しかし完成してみないことには分からない。住民とはどおような交渉が行われているのだろうか。この件に関する報道には接していない。これとは別に、周辺住民が工事差し止めの訴訟を起こしたようだが、今のところ続報に接していない。

b0148967_31535.jpg次に2)だが、この主張が私には一番分かり難い。水族館は大阪に「海遊館」がある、だからそこに行けばいいじゃなないかという意見。これはどうやら水族館そのものは否定していないようだ。するとやはり景観問題なのだろうか。先に書いたようにオトナを満足させる社寺に京都はこと欠かない。しかし今の京都をロベール・ギランが見たらきっと嘆くに違いない。すでに洛中の街並みは大きく疲弊している。この計画がこの町の現状の景観を大きく損なうとは考え難い、と考えるのは私だけだろうか。京都らしさって何だろう。さて3)だが、これは同感である。私が水族館に期待するのは、アミューズメント+スタディである。大洋に泳ぎ、潜り、魚類を観察できる人の割り合は少ないと想像する。それに水槽で飼育するゆえに研究できることもあると聞いている。そして一番マズイと思うのは、イルカショーが目玉らしいということだ。動物の「芸」を見せることは、水族館の本来の目的とは違うと思う。イルカショーを含め、4)と5)は年を越してから語りたいと思っている。その前に「海遊館」を再訪、あるいは映画「コーヴ」で話題になった和歌山県太地町に行くことも考えている。というわけで宿題を残してしまった。

参考:
「京都水族館(仮称)の展示活動等に関する専門家委員会」の提言発表について(2010年12月27日 オリックス不動産)
梅小路公園の水族館展示設計一部変更へ(2010年12月28日 京都新聞)
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by twin_lens | 2010-12-29 01:00 | 洛中洛外
その答えはズルズル越年しそうだ
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新春絵馬 北野天満宮(京都市上京区馬喰町) NikonD700 Nikkor28-70mmF2.8

クリスマスが過ぎ、北野天満宮の「終い天神」も文字通りお終いになり、いよいよ新年を迎える年の瀬となった。楼門に掲げられた大絵馬の「かのと卯歳」というのは、干支の組み合わせの「辛卯」のことで「かのとう」と読む。別の読み方は「しんぼう」で、辛い年、辛抱の年にならねば良いと願わざるを得ない。この時期になるとテレビは一年を振り返る番組、新聞も同様の記事を組む。さて私もと思うのだが、特に強調するような出来事はなかったように思う。強いていえば、不本意ながらフィルムよりデジタルカメラを使う機会が増えたということくらい。これは作品作りというより、ネットワーキングの影響かなと思っている。即時性に強いデジタルカメラは、ネット端末としての優位性は疑う余地がないからだ。つまりネットワーキングに牽引され続けた年であったと言えるかもしれない。

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上記3つのリンクボタン(バナー)がそれを象徴しているようだ。試しにクリックして欲しい。報道の現場にいた頃は、人に会い、人と話すのが仕事だった。その現場から去って以来、年ごとに人と接する機会が減少したように思う。環境変化がそうさせたという点もあるが、自らそうしたという側面もある。その例として、ピンホール写真芸術学会、そして日本トルコ文化協会を退会したことを上げることができる。その理由は触れないことにするが、結果的には人と会う機会を減らし、端的に結論すれば多くの友人を失ったとも言えなくもない。残る参加団体は日本写真家協会と日本写真学会だが、これらの組織では実際に人と顔を合わす機会は少ない。前者は合同展に出展、後者は支部の催事に参加するくらいでである。このように他者のとの付き合いを自ら狭めてるのは、どこか深層に「静かに暮らしたい」という心理が働いてる可能性がある。といった自己分析にまるで矛盾するかのように、バーチャルなネットワークの世界では、友人を求めている自分の姿を発見して驚く。カメラ片手に石仏を求めて寺院を巡ったり、街角の光景定着を目的に繁華街を徘徊したりはしているが、いわば孤独な作業である。自己表現と言えばカッコイイが、裏を返せば単なる自己顕示欲の塊なのかもしれない。もっと社会に貢献できるようなことをしよう、フトそういう思いが脳裡をよぎることがあるが、実際に自分に何ができるのか思いつかない。もっと別なカタチでリアルな世界と関わろうかとも思うが、その答えはズルズルと越年しそうだ。

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by twin_lens | 2010-12-27 07:00 | 洛中洛外
極月や気もそぞろに街歩き
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兎の絵馬 下御霊神社(京都市中京区寺町通丸太町下る) NikonD700 Nikkor28-70mmF2.8

極月とは師走、12月のことである。普段と変わらない季節なのに、やはり気ぜわしい。まだ紅葉が残っている社寺もあるだろうが、月が変わってからは、一気に興味が薄れたから不思議だ。昨日はお歳暮お発送のため、寺町通の「一保堂」に出かけた。途中、下御霊神社に寄ったら、兎お絵馬が掛かっていた。松尾大社の大絵馬はもう掛かっているだろうか。
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聖護院大根 千本釈迦堂(京都市上京区七本松通今出川上ル) NikonD700 Nikkor28-70mmF2.8

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今日は京都の冬の風物詩、千本釈迦堂(大報恩寺)の大根焚きに出かけた。菩提樹の下で釈迦が悟りを開いたことを祝う法要「成道会」にちなむ行事である。大報恩寺の三世慈禅上人が大根の切り口に梵字を書いて魔よけにしたという由来がある。境内のテントでこの梵字を書いた聖護院大根が売られていた。さて大根焚きだが、この丸い大根を使うわけではなく、普通の長いものを大きな鍋で炊く。三切れの大根にお揚げが乗り、1杯1000円也。今年は昨年より滑り出しが遅いということだが、それでも二日間で万単位の参詣客があるだろう。売り上げは都合いくらだろう、それに宗教法人だから無税かな、なんて計算を頭の中でする俗な自分に呆れてしまう。それにしても寒風の中でいただく大根は美味しかった。さてこれからは、年賀状書きなど、年の瀬までいろいろやらねばならないことが続きそうだ。年越しは京都以外のところで過ごすことも検討している。
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正月絵馬 松尾大社(京都市西京区嵐山宮町) NikonD700 Nikkor28-70mmF2.8

追記:冒頭、松尾大社の正月大絵馬について触れたが、やはり気になったので、昨日、四条通に出たついでにバスに乗って寄ってみた。案の定、拝殿に「正月絵馬」が掲げれていた。日本画家、藤原美貞画伯の原画をもとに作成されたものだそうだ。高さ3.2メートル、横幅5.5メートルと巨大なもので、総重量は100キログラムあるという。絵馬の左側にの平成二十三年兎年とある。十干と十二支を組み合わせた「干支」で表わすと辛卯(かのとう)となる。国語辞典によれば「しんぼう」とも読むが、辛い年になって欲しくないものだ。というわけで写真を追加。(12月10日)

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by twin_lens | 2010-12-07 19:30 | 洛中洛外