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浄土を夢見た庶民の願いが石仏に託された
清水寺石仏群  loupe 拡大表示
NikonD700 Nikkor28-70mmF2.8

仁王門をくぐり、随求堂の前に出る。石の道標があり、右が舞台がある本堂、左は成就院と矢印が指し示している。観光客の流れは当然のように右に折れて行くが、左に逸れる。すると右手の斜面に突然石像の群れが現れた。大日如来、千手観音、地蔵菩薩、そして二尊仏とさまざまである。風雪で目鼻の輪郭が乏しくなったものが多く、かなり古いものも含まれているようだ。京都は地蔵信仰が厚い土地である。各町内の大日堂や地蔵堂などに石仏を祀って地蔵盆会を営んできた。ところが明治の廃仏毀釈によってその多くが紙屋川や鴨川に捨てられたという。それでは余りにもも可哀想というわけで、壬生寺やこの清水寺などの寺院にも運び込まれたようだ。
庶民の信仰の深さが石仏たちを救ったのである。石仏は一般に「お地蔵さん」と呼びがちだが、前述の通り、さまざまな像が彫られている。これまた当ブログで触れた記憶があるのだが、中世に於いて庶民は墓を造ることができなかった。だからこのような小石仏を彫って死者を弔ったのである。この像は阿弥陀だが、その横顔に、来世に浄土を夢見た往時の庶民の願いが時空を超えて伝わっている。斜面上の木々の間から細く美しい光線が漏れていた。

# by twin_lens | 2010-02-10 16:37 | 哲学宗教 | Comments(2)
金閣寺雪景色撮影狂騒曲
昨日に続いて今日も京都市内に積雪があった。午前8時、徒歩で金閣寺に出かけてみた。寺事務所に訊ねたら開門前に境内に入るのは「速報」を担ってる新聞カメラマンだそうだ。開門は9時だが、雪雲が消え、晴れ始めてしまった。雪が溶け始めたは言うまでもない。門前に並んだ約100人の人たちと一緒に境内に入った。
日曜日、続けてどんどん観光客が入ってくる。たちまち金閣が見える小庭は超満員である。昨今に始まったことではないが、京都観光の大勢を占めるのは、お隣の韓国、そして台湾、中国からのお客さんだ。ハングルと中国語が飛び交う。かろうじて屋根に雪が残っているが、周囲の木々からは崩れ落ちている。残雪、後の祭りとはこのことだろう。
さて私だが、というわけで折角だけど撮影は早々にやめてしまった。個展に提示するのは恥ずかしいし、売れる写真でもない。近所ゆえに来たこともあるが、このような写真は自分でも何故撮るか分からない。京都市内は意外と積雪が少ない。だからこのような絵ハガキもどきを撮りたくなるのだろうか。そういえば2005年12月冬至の日にやはり雪の金閣を撮った。自分の中ではこれを超える写真を撮れていない。だから切り上げてしまったのかもしれないのだ。
Dec 22, 2005
Nikon CoolPix5700

やはりこれなのである。コンパクトデジタルカメラで撮ったものだが、今日撮影したものとは決定的に違う。気象条件が違い過ぎるのだ。4年少し前のこの日、雪が降り続いていた。そして瞬間的に雲が切れ、金閣にスポットライトが当たったのである。写真撮影にはよく一期一会という言葉が使われる。その通りで、このような自然条件は二度と望めないかもしれないのだ。帰り際、境内の石燈籠にミニ雪だるまが添えられていた。土産店の人が作ったのだろうか、今日の最大の収穫だったかもしれない。
Feb 7, 2010
NikonD700
京都市北区金閣寺町 北山鹿苑寺

# by twin_lens | 2010-02-07 16:11 | 三都物語 | Comments(0)
雨もよし晴れるもよし雨奇晴好は仏教の悟り
前回、釘抜き地蔵の記事で触れた仲源寺、通称目疾(めやみ)地蔵に寄ってみた。寺は京都祇園、南座の少し東にある。繁華街のど真ん中だが、桃山時代の唐門が舗道のアーケードに隠れ、うっかり見落とす人が結構いるようだ。ふだんは本堂の延命地蔵菩薩坐像の前に格子戸があるが、節分のこの季節、明け放たれている。木箱には一年間、各家庭に置かれていた無病息災祈願の小さな起き上がり達磨人形が返納され、人々は次々に新しい達磨を求めて行く。寺務所でいただいた参拝の栞には、大正時代に第21世説阿快善住職が記した目疾地蔵の略縁起が復刻されている。
安貞2(1228)年、暴風雨で鴨川が氾濫したが、四条河原の小堂の地蔵菩薩のお陰で、溺れかかった人が水面に浮かび上った。そして「中原」の傍らに人と水を添えて「仲源寺」と名付けたという。以来人々は「雨止(あめやみ)地蔵」と呼ぶようになったという。この地蔵を熱心に信仰する宗円、妙昌という老夫婦が錦小路にいた。宗円が眼を患い盲目となった。ところが夢の中に地蔵が出てきて、身代わりになって病の苦しみを救ってくれるという。妙昌が仲源寺の水を汲んで目を洗うと視力が快復した。ところがその代わりに地蔵の目が赤くなってしまった。その跡が今でもあり、人々は「目疾(めやみ)地蔵」と称するにようになった。「あ」の一字が取れて地蔵の名が転じたという伝説である。
医学が発達した現代だが、さまざまな眼病に悩む人たちの参拝が絶えないという。境内の一角の祠に千羽鶴が吊ってあった。病気快癒の願いが託されているのだろう。爽やかな風が通り抜け、鶴たちが大きく揺れた。翼が羽ばたき、今にも飛び立ちそうに見えた。再び四条通の喧騒に戻り、唐門を見上げたら扁額に「雨奇晴好」とあった。雨もよし、晴れるもよし。人生は必ずしも順調ではない。しかし悲運、逆境にひしがれていては駄目だと諭したものだろう。

京都市東山区四条通大和大路東入ル
Nikon D40 Nikkor18-55mm F3.5-4.6

# by twin_lens | 2010-02-03 19:18 | 哲学宗教 | Comments(0)
丹念な筆遣いの般若心経にこもる切なる願い
京都市上京区千本通上立売上る
NikonD700 Nikkor28-70mmF2.8 loupe 拡大表示

京都には病気平癒を祈願する社寺が多い。というより人間にとって一番の厄介ごとは病気あり、であるからこそ社寺を参詣して「ご利益」に預かろうとするのかもしれない。新京極通にある蛸薬師堂(永福寺)はガン封じで知られてるし、四条通の南座東にある目疾(めやみ)地蔵(仲源寺)は眼病平癒で有名である。いずれも通称寺で、正式な寺名より通り名のほうが浸透しているのが特長である。千本通の釘抜き地蔵(石像寺)を久しぶりに訪ねてみた。 弘仁10(819)年に弘法大師が開いたと伝えられ、本堂に地蔵菩薩像(釘抜き地蔵)が安置されている。山門をくぐると目に飛び込んでくるのが、本堂の外壁を埋め尽くした実物大の八寸釘と釘抜きを張り付けた御礼札である。要するに釘抜きで病気の苦しみを抜き取ってくれるというのだ。病気平癒あるいは健康を祈願する参詣者は、竹の札を歳と同じ数だけ持ち、この地蔵堂を一周するごとに箱に納めて行くのである。この日も二人のご婦人が、堂を回りながら熱心に祈っていた。
このユニークな地蔵堂に目を奪われ勝ちだが、境内裏手にある小堂に安置されてる石仏は文化財として貴重だと言う。一般に石仏は野仏と呼ばれるくらいだから、その生い立ちについては不明なものがほとんどである。ところがここにある石造阿弥陀如来坐像と、脇侍である観音・勢至菩薩像は、その由来が分かっている。真ん中の阿弥陀像にの光背の銘によって、伊勢権守佐伯朝臣為家という人が願主となって元仁2(1225)年に造像されたことが分かるという。ゆえに重要文化財に指定されているようだ。鎌倉時代の石仏といえば、私は化野念仏寺の山門前にある、釈迦・阿弥陀の二尊仏の美しさに強く惹かれる。傑作だと思うが、記録がないので無指定である。小堂の竹柵に夥しい数の涎掛けが巻きつけられていた。庶民にとって石仏はすべて地蔵菩薩なのだろう。丹念な筆遣いの般若心経に、切なる願いがこもっている。

# by twin_lens | 2010-02-01 21:23 | 哲学宗教 | Comments(0)
朽ち果てた草花は死のイメージだが
枯れた野菊 京都市北区平野宮北町 2010年1月27日

フォトジャーナリズムに関わってきたせいだろうか、スタッフカメラマンであった頃はネイチャー写真、特に草花を撮った記憶は余りない。一度、自宅の暗室に生花を吊るし、ドライフラワーになるまでを撮ったことがある。花は死を予感する。だから日本人は散りゆく桜を愛でる。そういった心情を踏まえながら枯れ死する花を撮ったわけだが、いわばコンセプチュアルアートで、理念先行であったことは否めない。昨日、近所の路上で枯れた野菊を撮った。
枯れた牡丹 京都府立植物園 2009年12月22日

これもまた朽ち逝く花の姿である。我ながら何故このようにわざわざ汚い花の姿を撮ろうするのか不思議である。水仙のように真冬に花開く種もあるが、多くの草花は秋から冬に向かって、枯れ落ちる。それはすなわち死の姿を幻視することなのだが、前述の桜の落花とは違うような気がする。つまり散り逝く桜には潔さがある。しかるに野菊や牡丹には、その姿に生への執着を感ぜざるを得ない。では落ち葉はどうだろう。
切り株と落ち葉 京都市北区平野神社 2009年12月23日

京都・平野神社は桜の名所として名高い。秋から初春にかけて、このように桜の落ち葉が散乱したまま放置されている。このような有機物が地表部に堆積し、それを資源として利用するバクテリアなどの微生物や土壌動物により分解されて腐葉土になる。いわば死の遺産を生への活力として受け継ぐのである。私は造園あるいは園芸といったことには疎い。しかしこのような自然のサイクルには感動せざるを得ない。人間の営みもまたこのようにして、円環状に受け継がれてゆくのだろう。
雨に濡れた水仙 京都市北区平野宮北町 2010年1月28日

ここまで書いて自分がいささかメランコリックになっているのではと気付いた。春はもうすぐそこに来ている。しかい視界の中の草花たちは、その多くが色彩を失ったままだ。そんな真冬の寒風に耐えている花が水仙である。学名のNarcissusは「ナルシスト」の語源だそうだ。水仙を見ると私はワーズワースの詩を思い出すが、冬景色の中で生彩を放つその姿はやはり美しいと思う。今日は雨模様、家を出て道路を挟んだ所に咲く水仙を撮ってみた。朽ち果てた草花ばかりでは滅入りそうなので添えておこう。

写真はいずれも
NikonD40 MicroNikkor105mmF2.8 Nikkor18-55mm F3.5-4.6

# by twin_lens | 2010-01-28 15:57 | 森羅万象 | Comments(5)
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